【ノーベル化学賞2026】硤合憲三氏が受賞|不斉合成とは

結論
2026年のノーベル化学賞は、東京理科大学名誉教授の硤合憲三(そあい けんぞう)氏と、フランスのアンリ・B・カガン氏に贈られます。理由は「不斉有機合成における非線形効果と自己触媒作用の発見」。右手と左手のように鏡像の関係にある分子のうち、片方だけを選んで作る「不斉合成」の研究で、ほぼ片方だけが自力で増えていく反応(硤合反応)を見つけた点が評価されました。賞金1200万スウェーデンクローナ(約1億9000万円)は2人で等分、授賞式は12月10日にストックホルムで開かれます。

2026年10月7日、スウェーデン王立科学アカデミーが今年のノーベル化学賞を発表しました。日本人の化学賞受賞は、2025年の北川進氏に続いて2年連続です。ただ、「不斉合成」「非線形効果」「自己触媒」と並ぶ言葉は初見だと手が止まりがち。この記事では専門用語をかみくだきながら、何が評価されたのかを順に整理します。

目次
  1. 受賞の概要
  2. 不斉合成とは何か
  3. カガン氏の「非線形効果」
  4. 硤合反応と自己触媒作用
  5. 暮らしとの関わり
  6. 日本人受賞者の数え方
  7. この受賞の読み方と注意点
  8. よくある質問
  9. まとめ
  10. 参考・出典




受賞の概要

受賞者
アンリ・B・カガン氏(フランス、1930年生まれ、95歳、パリ南大学名誉教授) / 硤合憲三氏(日本、1950年広島県生まれ、76歳、東京理科大学名誉教授)
受賞理由
不斉有機合成における非線形効果と自己触媒作用の発見
賞金・授賞式
1200万スウェーデンクローナ(約1億9000万円)を2人で等分。授賞式は12月10日、ストックホルム

硤合氏は1974年に東京大学理学部化学科を卒業し、1979年に東京大学で博士号を取得。のちに東京理科大学で研究を続け、同大学の名誉教授となっています。ノーベル化学賞委員会のハイナー・リンケ委員長は、今回の発見を「100年以上前から続く化学の謎」に迫るものと説明しました。

東京理科大学のキャンパスの写真(硤合憲三氏の所属大学)
東京理科大学のキャンパス(写真: Daderot、CC0、Wikimedia Commonsより)




不斉合成とは何か

右手と左手のような「鏡像異性体」

分子の中には、成分はまったく同じなのに、鏡に映した形どうしで重ね合わせられないペアがあります。右手と左手の関係で、これを「キラル(対掌性)」な分子、ペアのそれぞれを「鏡像異性体」と呼びます。化学式は同じでも、体の中の受容体にはめ込まれる形が違うため、片方は有効でもう片方は無効、あるいは有害ということが起こります。

サリドマイド事件が示した怖さ

1960年代初めのサリドマイド事件では、薬効のある側とは鏡像の関係にある分子が、胎児に先天異常を引き起こしたとノーベル賞の解説で紹介されています。この教訓から、医薬品などでは「狙った側だけ作る」技術の価値が一気に高まりました。

サリドマイドの2つの鏡像異性体(R体とS体)の構造式
サリドマイドの鏡像異性体(R体・S体)の構造式(作図: Vaccinationist、パブリックドメイン、Wikimedia Commonsより)

なぜ「片方だけ」を作るのが難しいのか

化学反応で普通に分子を作ると、右手型と左手型は半分ずつ同じ量できてしまいます。ここから片方だけを選んで作る技術が不斉合成で、この分野の研究は2001年(野依良治氏ら)や2021年にもノーベル化学賞の対象になってきました。今回はその根っこにある「なぜ偏りが生まれ、増えていくのか」という原理に光が当たった形です。

カガン氏の「非線形効果」

カガン氏は1986年、不斉合成の触媒をめぐる意外な現象を報告しました。金属を含む触媒に2つのキラルな分子が付くと、右手型どうし(RR)、左手型どうし(LL)、右と左が混ざったもの(LR)の3種類の触媒ができます。このうちLR型は働きが遅いため、実際に反応を進めるのはほぼRR型かLL型だけになります。

その結果、触媒の偏りが少しだけでも、できあがる生成物の偏りは触媒の偏りより大きくなります。触媒の純度と生成物の偏りが比例しない、という意味で「非線形効果」と呼ばれます。高価な純粋な触媒を使わなくても、偏りの大きな生成物が得られる可能性を示した点が重要でした。

触媒の偏りと生成物の偏りが比例しない非線形効果の概念図
非線形効果のイメージ(筆者作成の概念図。実測値ではありません)

硤合反応と自己触媒作用

自分自身を作る分子

硤合氏が見つけたのは、ピリミジンという環を持つ「5-ピリミジルアルカノール」という分子が、自分自身を作る反応の触媒になる現象です。これを自己触媒作用と呼びます。1995年の報告では、わずか2%ほどの偏りから出発して、繰り返すうちに偏りが87%にまで拡大しました。

硤合反応のスキーム図(ピリミジンアルデヒドとジイソプロピル亜鉛の反応)
硤合反応の反応式(作図: Yongrenjie、CC BY-SA 4.0、Wikimedia Commonsより)

2003年の「片方が完全に勝つ」反応

さらに2003年には、ごくわずかな偏りから出発しても、片方の鏡像異性体が圧倒的に優位になり、最大99.99%に達する反応を実現しました。どちらが勝つかは偶然に左右され、繰り返せば逆側が勝つこともあります。ノーベル賞の解説は、生命そのものを除けば、これを成し遂げた例はなかったと紹介しています。

硤合反応における自己触媒的な不斉増幅の概念図
硤合反応の不斉増幅のしくみ(作図: Yongrenjie、CC BY-SA 4.0、Wikimedia Commonsより)

1953年のフランク模型が現実になった

1953年にフランクが提案した理論モデルは、鏡像のどちらかが増えて、もう片方が抑えられ、さらに自己触媒が働くという3条件がそろえば、わずかな偏りが大きく増幅されうるというものでした。硤合反応は、このモデルを現実の化学反応で示した実例にあたります。地球上の生命がなぜ片方の型の分子(たとえばL型アミノ酸)を使うのかという「ホモキラリティ」の謎に、ヒントを与える現象とも言われています。

不斉合成をめぐる1857年から2026年までの主な出来事の年表
不斉合成をめぐる流れの年表(筆者作成)




暮らしとの関わり

医薬品、香料・フレーバー、農薬、材料などの分野では、望む鏡像異性体だけを効率よく作ることが製品の質や安全性に直結します。カガン氏の非線形効果は触媒設計の考え方を広げ、硤合反応は「小さな偏りが増幅する」という新しい視点を化学に与えました。

  • 医薬品: 効く側だけを作り、不要な鏡像体の混入を抑える
  • 香料・食品: 香りや味は鏡像体で変わることがある
  • 農薬: 効果の強い側だけを使って散布量を抑える
  • 材料: 光学的な性質をそろえた素材づくり

日本人受賞者の数え方

今回の受賞を「何人目」と数えるかは、報道機関によって異なっています。

日本経済新聞
日本生まれの自然科学分野のノーベル賞受賞者としては28人目(米国籍を取得した人を含む数え方)。化学賞では北川進氏に続き10人目と報じています。
NHK・毎日新聞(Yahoo!ニュース配信)
日本人としては個人で31人目。化学賞は2年連続の受賞と報じています。

国籍の扱いなど、数え方の基準が異なるためで、どちらかが誤りというわけではありません。記事で数字を引用するときは、どの基準かを添えるのが無難です。

ほかの2026年の受賞については、物理学賞(アイスキューブとニュートリノ)の解説、生理学・医学賞(光遺伝学)の解説、ノーベル賞2026の発表日程と日本人候補のまとめもあわせてどうぞ。

この受賞の読み方と注意点

  • 硤合反応は、人工的な反応の中で見つかった現象です。生命が実際にどう片方の型を選んだのかという起源を、直接証明するものではありません。
  • 「片方だけが増える」仕組みの発見であり、すぐに新薬が生まれるという話ではありません。応用はこれからの研究に委ねられます。
  • 本記事の図の一部は、仕組みを理解しやすくするための概念図です。細かな数値は発表資料や論文で確認してください。

よくある質問

硤合憲三氏の読み方は?

報道では「そあい けんぞう」と紹介されています。

不斉合成とは一言でいうと?

右手型と左手型のように鏡像の関係にある分子のうち、必要な片方だけを選んで作る合成技術のことです。

受賞者はどの大学に所属していましたか?

硤合氏は東京理科大学の名誉教授、カガン氏はフランスのパリ南大学の名誉教授です。

賞金はいくらですか?

1200万スウェーデンクローナ(約1億9000万円)で、2人で等分されます。




まとめ

2026年のノーベル化学賞は、鏡像分子の片方だけが自力で増えていく不思議な反応を見つけた硤合憲三氏と、触媒の非線形効果を示したカガン氏が受賞しました。難しく聞こえる研究ですが、キーワードは「小さな偏りが大きく育つ」の一点。授賞式の12月10日に向けて、今後も関連の解説や発表が増えていく見込みです。賞金や日程、受賞者の人数の数え方など、最新の情報はノーベル賞の公式サイトで確認してください。

参考・出典

公開日: 2026年10月7日





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