【松原のぶえ】演歌歌手65歳で死去|死因と経歴・紅白7回出場

演歌歌手の松原のぶえさんが、2026年9月13日午前5時24分、都内の病院で亡くなったことが14日、関係者への取材で明らかになった。65歳だった。1979年のデビュー以来、NHK紅白歌合戦に7回出場するなど演歌界を代表する歌手の一人として活躍してきた。

訃報の要点: 松原のぶえさん(本名・廣原伸恵〈ひろはら のぶえ〉)は2026年9月13日午前5時ごろ、東京都品川区の自宅マンションから体調不良で救急搬送され、同日午前5時24分に都内の病院で死亡が確認された。65歳没。警視庁は事件性がないとみている。葬儀は家族と近親者のみによる家族葬で執り行われる予定で、「お別れの会」などの開催については現時点で検討中とされている。

松原のぶえ 公式プロフィール写真

画像出典: 徳間ジャパンコミュニケーションズ公式サイト




死去の経緯は?

関係者によると、松原さんは13日未明、品川区の自宅マンションから体調不良を訴え救急搬送された。搬送先の病院で手当てを受けたが、同日午前5時24分に死亡が確認された。警視庁はこれまでのところ事件性はないとみているという。共演者の大地あきおさんは取材に対し「すごくお元気で、どこか体調が悪いような様子は全くありませんでした」とコメントしており、周囲にとっても突然の訃報だったことがうかがえる。




夫婦坂 [ 松原のぶえ ]

価格:1,257円(税込)
(2026/09/15時点)

今月上旬には新曲レコーディングも

関係者の話では、松原さんは今月上旬、来年1月発売予定だった新曲のレコーディングに臨んでいた。しかしこの際「息が続かなかったようで、とても苦労されていました」と明かされており、体調に変化が見られていたことがうかがえる。松原さんは2009年に実の弟からの生体腎移植を受けており、その後も歌手活動を続けてきた。




松原のぶえさんのプロフィールと経歴

松原のぶえさんは1961年7月18日、大分県中津市耶馬溪町(当時の下毛郡耶馬渓町)出身。1979年7月1日、「おんなの出船」でデビューし、その年の日本レコード大賞で新人賞を受賞した。日本有線大賞の新人賞も受賞するなど、デビュー当初から高い評価を得た。1989年には美空ひばり賞を受賞している。NHK紅白歌合戦には計7回出場し、演歌歌手として長年にわたり第一線で活躍してきた。

代表曲と近年の活動

松原さんの代表曲には「おんなの出船」のほか、「たった一度の人生だから」「赤提灯の女(ひと)」などがある。近年も精力的に新曲を発表しており、2025年には「下北半島哀愁路」、同年10月には「通天閣の空の下」をリリース。この「通天閣の空の下」は、日本作曲家協会と日本作詩家協会による共同企画「ソングコンテストグランプリ・2025」で優秀曲に選ばれるなど、デビューから45年以上を経てなお評価される楽曲を生み出し続けていた。冒頭で触れた通り、今月上旬に行っていた来年1月発売予定の新曲レコーディングも、その活動の延長線上にあったものだった。

葬儀・お別れの会は?

葬儀は家族と近親者のみによる家族葬で執り行われる予定。一般のファンが参列できる「お別れの会」などの開催については、この発表時点では「現在検討中」とされており、詳細は決まり次第関係者から発表される見通しである。

松原のぶえさんは2026年9月13日、65歳で逝去した。1979年のデビューから紅白歌合戦7回出場まで、演歌界を代表する歌手として長年にわたりファンに親しまれてきた。今月上旬まで新曲レコーディングに臨むなど、最後まで歌手活動に真摯に向き合っていたことがうかがえる。謹んで哀悼の意を表したい。

あわせて読みたい

参考・出典

(2026年9月15日 公開)





コメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です